釧路地方裁判所網走支部 昭和33年(わ)18号 判決 1958年5月19日
被告人 太田安正
主文
被告人を、禁錮八月に処する。
ただし、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は網走市南四条東三丁目において漁業を営む北東水産株式会社所有の機船底曳網漁船第二十五春照丸(動力船で総噸数八四噸八二、長さ二五米七一、幅五米四〇、以下春照丸と略称する)の甲板長で船長の指揮を受け航海中操舵することを業務とするものであるところ、操業のため昭和三十二年六月二十四日午後八時頃、同船に乗組み網走港を出港し、船長高田政一の指揮を受け同港々口附近から同船を操舵し、ほぼ東方に進路を取り航行中、当初その左げん前方約一、〇〇〇米附近を大体同一の進路で先航する網走市北三条西一丁目漁業内藤忠三郎所有の機船底曳網漁船第十八暁丸(動力船で総噸数六四噸。以下暁丸と略称する)を認めながら航行したものであるが、同船は時速九浬位であり、自船春照丸は時速一〇浬位で航行していたので、春照丸は次第に暁丸に接近し同日午後八時四十分頃(夜間)、北東岸網走沖の北緯四四度〇二、五分東経一四四度二七、五分附近海上において、同船の右側を追越す状況になつた、即ち同時刻頃春照丸は暁丸の後方約四〇米で右斜後方、両船の横の間隔も約四十米の極めて近接した位置にあり、右位置は暁丸の右正横後二点(二二度三十分)をこえる位置にあつて同船を追越そうとする状況にあつたのであるから、海上衝突予防法の規定に準拠し追越船において被追越船を確実に追越し十分に遠ざかるまで同船の進路を避けなければならないのであるが、被告人は暁丸との横の間隔が約四〇米あるからその儘の進路で十分追越しができるものと軽断して進路を変えることなく航行を続けた、かかる場合追越船の操舵者である被告人には、もし被追越船側において追越船のあることを覚知せず急にその進路を右方に変ずることなきを保し難いから、このような事態が起きた場合速かに臨機応急の措置を執り以て右両船舶の衝突の危険を避くるためには確実に追越しを完了するまでの間は、終始間断なく被追越船の動向を注視すべき業務上必要な注意義務があつたのに拘らず、被告人はその頃その頭部を右後方に向けて網走港の方向の燈火を眺め、続いて海図、羅針盤を見る等の動作をなし、約一分時に亘つて他に注意を外らし、右被追越船の動向を注視する注意義務を怠つた過失により、その間右暁丸が急に右方に進路を転じ春照丸の進路前方に旋回したことに気付かず航行を続け、間もなくこれに気付き驚いて自船の進路を右方に変えようとし且つ、機関部員に対し全速後進の合図をなし、衝突を避けるための応急措置を執つたが、時既に遅きに失して及ばず、右被告人の業務上の必要な注意義務を怠つた過失に因り同日午後八時四十数分頃、暁丸の右げん部に春照丸の左げん船首附近を激突させて暁丸を覆没せしめ、且つよつて別紙死亡者名簿記載のとおり同船乗組の船長三輪均外十名を溺水死亡するにいたらしめたものである。
(証拠)(略)
(法令の適用)
被告人の判示所為中、業務上の過失に因り第十八暁丸を覆没せしめた点は刑法第百二十九条第二項、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、業務上の過失により三輪均外十名を死亡せしめた点はいずれも刑法第二百十一条前段、罰金等臨時措置法第二条、第三条に各該当するところ、以上は一個の行為にして数個の罪名に触るる場合に相当するので刑法第五十四条第一項前段、第十条に則り犯情最も重いと認められる業務上の過失により三輪均を死亡せしめた罪の刑に従い、その所定刑中禁錮刑を選択し、所定刑期範囲内で被告人を禁錮八月に処し、且つ情状刑の執行猶予を与うるを相当と認め同法第二十五条第一項を適用して、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとなし主文のとおり判決する。
(別紙)(略)
(裁判官 吉村清任)